「未来のキッチン」シリーズ–米田肇シェフ Part 2
レストランにおけるセンシング
Gastronomy
December 12, 2022
「未来のキッチン」シリーズ
Sony AIは2020年に活動をスタートして以来、一流のシェフ達との対話を通じて、ガストロノミーの世界の課題やオポチュニティ、そしてAIやロボティクスの可能性についての理解を深めてきている。その中で、今回のシリーズでは、HAJIMEのオーナーシェフであり、Sony AIのアドバイザーでもある米田肇さんとの数回に及ぶインタビューからの学びを皆さんに紹介する。
前回のブログでは、私たちのアドバイザーであり、著名なシェフ、テクノロジスト、アーティストであり、哲学者でもある米田肇さんをご紹介した。米田さんとは、AIとロボティクスがシェフやレストラン業界に対しどのような新しい価値を生み出すことができるかを一緒に探求している。我々との会話の中で米田シェフはデータ、AI、ロボティクス、センシング・テクノロジーの4つの要素を組み合わせることによってシェフにもたらされる新しい価値の可能性について語ってくれた。このブログでは、その中で、データ取得・共有に欠かせないセンシング・テクノロジーの可能性についてご紹介する。
米田さんは、料理に関する膨大な情報が活用されていない、または把握されていないのが現状だと指摘する。米田さんにとって何よりも大切なのは料理の質だ。そして、料理の質を保つためには、素材、その状態、そして調理による素材の変化を把握することが必要だと考えている。このプロセスにおいて重要なのは、様々な食材を理解し、適切に調理する能力となる。
「ニンジンひとつをとっても、糖度、水分量、繊維質、構成物質など1本1本の数値は異なり、同じ農場でも生えている場所で味が変わります。従って、10種類の野菜を使ってレシピ通りに作っても、昨日と味が全く違うことが往々にしてあり、スタッフには味のバランスを調整する能力が求められます。しかし、その拠りどころとなる指標を作るのが難しいんです。」
一方で、米田さんはキッチン環境の複雑さ、そして限界もよく理解している。厨房毎にそのスペースはまちまちだし、シンクのサイズや位置、調理器具の配置や種類にスタンダードはない。また、シェフはデザイナーであり、アーティストでもあるため、その仕事柄、時間的な余裕はない。
「扱う素材の急激な変化との競争が、ファッションとの大きな相違点です。布とは異なり、食材は劣化スピードが早い、つまり、どのようにしてクオリティをチェックしコントロールをするかが問題になるわけです。」
そこで、次の問いが浮かび上がってくる。新しいセンシング・テクノロジーでどのようなインパクトをもたらすことができるのか?その技術はどこで、どのように使われるのか?米田さんが4つの案を語ってくれた。
1. 新しいレシピ開発をサポートするデータ新しい料理やレストランでの体験を生み出すには、あらゆる手段が必要となる。その基本となるのは食材選びだが、米田さんはここにセンシングよる支援の可能性を見出している。
「料理の味を決めていく際、HAJIMEでは、私だけでなくチームの意見も尊重し、数多くの食材の組み合わせを皆で話し合います。その際、最適な食材の組み合わせを提示してくれるテクノロジーがあれば大いに役立つと思います。」
さらに米田さんは、人間の脳、ひいては食べるという体験自体を理解するために、データやセンサーが活用できると考えている。こうした情報を元にすべてを一つにまとめる作業は、まるでオーケストラの指揮者の仕事のようだ 。
「料理を提供する際は、音楽と同じように抑揚をつけることが重要です。人間の脳が持つ情動反応をうまく上下させるようにします。快と不快。ドーパミンとβ-エンドルフィン。温度帯、食感、味のコントラスト、食器の大きさ、平面的なサイズ、口溶けの良しあし、咀嚼のしやすさ、余韻の残り具合、液体なのか否か...そうしたパラメータを意識し、強弱をつけることで、シンフォニーのような立体感のあるレシピやサービスを作ることができるのです。」
体験をデザインするこの重要な段階で、シェフの思考を助けるためにこれらのデータをすべて把握することは、大きな意味を持つ。
2. 料理を分析し、捉えるためのセンシングシェフが新しい料理を生み出すとき、数式に従うような直線的なプロセスはほとんどない。試行錯誤と実験の繰り返しだ。そして、「完璧だ!」と思えたら、その完璧さを導いた要因を知ることがとても大切だ。小さな変化が大きな違いを生むこともある。
米田さんは、レストランで出す味のクオリティを担保するために、mm、mg、1度単位でレシピを作っている。しかしながら、調理する「分量」や「時間」、「温度」は数値化できても、調理のプロセスにはまだ数値化できないものが多い。
「味と変動要素(気温、湿度、時間帯、食材の内部変化など)、さらには、どのような設定で最終的な味を決定したのかがデータ化されれば、味の再現が可能となるでしょう。一流のシェフのデータをAIで分析し、まだ数値化、言語化されていない部分を言語化することで、誰でもそのシェフの味を再現できるようになるかもしれません。」
米田さんは、シェフの料理をデータ化することで、一見奇跡のようなクリエイションが、何時でも、何度でも再現できる可能性があると考えている。
3.食材を監視する冷蔵庫のセンシング 米田さんは、食材を貯蔵する冷蔵庫にも様々な改善の可能性あると言う。HAJIMEでは、温度設定の異なる4台の冷蔵庫で食材の管理を行っているが、それぞれの冷蔵庫に何が入っているのか、いつ購入した食材なのかなどのデータは存在しない。
「データ管理することによって、賞味期限や消費期限の通知、あるいは必要な分だけ購入し、基本的に食材を使い切ることができるようになると思います。それによって、フードロスや廃棄の防止につながるかもしれません。」
食品廃棄物の削減は、業界でも大きく模索されている分野であり、米田さんはその支援に意欲的だ。冷蔵庫の中で起きている食材の変化をデータで知ることができれば(例えば、様々な食材から出るエチレンガスを測定するなど)、冷蔵庫が自ら調整し、厨房スタッフの負担を軽減することも可能になるはずだ。
4. お客様一人一人への対応を可能にするデータ多くの高級レストランがそうであるように、HAJIMEでもプライバシー保護には十分考慮しながらお客様にまつわる情報を収集し、可能な限りお客様毎にカスタマイズした体験を提供するようにしている。こうした情報は、お客様がレストランを訪れるたびに使われるため、HAJIMEチームにとってとても貴重な情報となる。
「オンラインでも、電話でも、ファーストコンタクトから始まるのです。お客様が誕生日のお祝いでいらしているのか、お客様が食べたいもの、苦手なものなどすべての情報を厨房と共有しています。お客様が左利きなのか、右利きなのか。ナイフとフォークはどのように使われるのか?スプーンは右手で、フォークは反対の手で使われるのか?お客様が通常ワイングラスを置く位置はどこか?そうした情報をすべてデジタル化するのです」。
米田さんは、お客様の食事中にリアルタイムで得られるデータにも魅力を感じている。プライバシーをしっかり保護することが前提だが、これらのデータは食事をするお客様の満足度を高めることができる。
「センシング・テクノロジーやAIを活用すれば、例えばお客様の表情を読み取ることで、お客様が何を求めているかを正確に把握できるようになる可能性があります。美味しいと言っていても、本心ではそう思っていないかもしれません。ゲストの視線や表情筋、発汗、体温などの生きたデータを捉えて分析することで、ゲストの状態や本音、無意識の欲求を理解することができるかもしれません。リアルタイムでサービスや味付けにフィードバックしていくシステムも検討できるのではないでしょうか。」
このように、食べる人を個別に深く理解し、それに対応することは、センシング・テクノロジーがターゲットとする主要な領域である。
このようなセンシングとデータを活用する機会は大きく、米田さんはその進展とレストランという特殊で複雑な環境下での環境改善への貢献に大いに期待を寄せている。
次回のブログでは、ロボットがレストランに与えるインパクトと、実際にどのようにロボットが活用できるか、そしてそれらがシェフにもたらすメリットについてについて、米田さんの考えを紹介する。
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